2014-01-31
禺画像]
お年寄りが沢山集まる巣鴨育ち。
昔はその筋の楽しみが分からなかったので、
年寄りはどうして一緒に集まるのか、
と不思議に思っていたものです。
しかし今は分かってしまう。
幾つになっても同期の集まりは楽しいと。
瞬間を切り出しているこの世というのは、
刹那とも思える時刻の連続ですが、
時刻を重ねて年を経ていくと、
次第に現在という時代とのズレを感じます。
現在を作り出している世代が若いのか、
仕事柄激しく動く経済と離れているからか、
きっと差異を感じ始める年頃なのでしょう。
するってぇと、もっと年を取るってことは、
さらに差を感じることなのですかい?
こうなるといつの間にやら昔を思い、
嫌な事など何もなかったように慈しむ。
実際には戻りたくもない時があっても、
美化し過ぎた過去は尊いものなのです。
この浮き足の喜び勘違いの権化が、
同級生とか同期といわれる世代の集まり。
2011年の震災以来続けている
同級生たちとの演奏活動。
日本と被災地のためでありながら、
自分たちの楽しみが半分である。
だから20回もの演奏会を続け、
気になりながらサポートしてきたのです。
私は側面援護なので重責を担った友人もあり、
しかしながら皆さんでお手伝いの会。
この日もこれからの事、次のこと、
やらなくてはならない事、考えるべきこと。
みんなと話し合いました。
・・・飲み会だけどね。
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